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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)694号 判決 1979年3月29日

原告

竹田芳夫

右訴訟代理人

豊川正明

伊多波重義

被告

株式会社近畿相互銀行

右代表者

菊久地博

右訴訟代理人

松永二夫

宅島康二

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

一、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一  原告代理人は「(一)主位的請求として、被告は、原告に対し、金二六九万〇、三二〇円及びこれに対する昭和四七年二月二七日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二)予備的請求として、被告は、原告に対し、金二八三万四、一五六円及びこれに対する昭和四七年二月二七日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、

二  被告代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

(主位的請求について)

一  請求原因

1 原告は、訴外藤建設工業株式会社(以下訴外会社という)に対し、大阪地方裁判所昭和四六年(手ワ)第六四四号約束手形金請求事件の手形判決の執行力ある正本に基づき、訴外会社が被告(門真支店)に対して有する定期預金、普通預金、当座預金中右順位より金二六九万〇、三二〇円に達するまでの債権(但し、同種の債権数口ある場合は金額の多いものから)について大阪地方裁判所昭和四六年(ル)第二、二〇五号、同年(ヲ)第二、三三五号により債権差押並びに転付命令(以下本件差押転付命令という)を得、同命令正本は、訴外会社には昭和四六年八月二一日、被告には同月一九日にそれぞれ送達された。

2 よつて、原告は、被告に対し、前項の転付命令に基づき金二六九万〇、三二〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四七年二月二七日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因第一項記載の事実は認める。

2 同第二項は争う。

三  抗弁

1 昭和四六年三月当時、訴外会社は被告に対し、定期積金債権三口((一)番号五一〇七一六四、満期昭和四七年四月三〇日、元金八一万円、(二)番号五一一三九一一満期昭和四六年一〇月二七日、元金一三〇万円、(三)番号五二八一三一、満期昭和四七年一〇月九日元金五万円)合計元金二一六万円及び定期預金債権二口((一)番号一四八五〇七三、満期昭和四六年六月二九日、元金五二三万四、四一九円、(二)番号五〇三九五八五、満期昭和四六年九月二日、元金五八万二、五一三円)合計元金五八一万六、九三二円の、以上合計金七九七万六、九三二円(元本金額のみ)の債権を有していたが、他方被告は、訴外会社に対し、手形貸付金債権五〇〇万円及び割引手形金債権一、一七九万七、六五五円の以上合計金一、六七九万七六五五円(元本金額のみ)の反対債権を有していた。

2 前項の各債権のうち、被告の訴外会社に対する金五〇〇万円の手形貸付日昭和四六年三月一日、弁済期同年四月三〇日約定利率年六分七厘五毛であり、また訴外会社の被告に対する定期預金債権のうち証書番号一四八五〇七三、預け入れ日昭和四五年六月二九日、約定利率年五分七厘五毛、預け入れ元金五二三万四、四一九円は、満期日が昭和四六年六月二九日であり、右両債権は昭和四六年六月三〇日相殺適状に達した。

3 ところで、被告と訴外会社とは、昭和四四年七月五日、手形割引等の継続的取引契約を締結し、右契約の内容をなす相互銀行取引約定書第七条において、被告が、被告の訴外会社に対する債権を自働債権とし、訴外会社の被告に対する債権を受働債権として相殺する場合には、両債権の利率の計算については被告の定めた利率により、その期間は被告の計算実行の日までとする旨の約定がなされていた。

そこで、被告は、昭和四六年七月一日、前項の手形貸付金債権元金五〇〇万円と同日までの約定利息金五万八、二五三円及び仮払金債権金四、一四〇円の合計金五〇六万二、三九三円を自働債権とし、前項記載の定期預金債権元本金五二三万四、四一九円と同日までの約定利息金二五万六、三七九円(但税引後のもの)の合計金五四九万〇、七九八円を受働債権として対当額において相殺し、右相殺の意思表示は同日附内容証明郵便で訴外会社へ送達した。

4 前項の相殺により、昭和四六年七月一日現在、訴外会社が被告に対して有する債権額は、定期預金、定期積金債権(以下本件定期預金等債権という)等、別表1記載のとおり総額金三二一万二、九一五円と減少したのであるが、一方、本件定期預金等債権に対しては、被告が本件差押転付命令の送達を受ける以前の昭和四六年三月一〇日、豊能税務署から法人源泉税として金八〇万九、四一〇円の差押を受け、次いで労働基準局、豊能地方事務所、守口社会保険事務所から合計金七二万九、八七三円の差押交付要求があつたところ、被告は、右各省庁と種々交渉のうえ、昭和四六年七月二三日、これらに対し合計金七四万七、三一七円を支払つたので、その結果本件定期預金等債権の残額は、金二四六万五、五九八円となつた。

5 しかして、被告は、昭和四六年八月一九日、本件差押転付命令の送達を受けたものであるが、本件定期預金等債権残額に対しては、これに先立つて、別表2記載のとおり右残額を超過する請求債権額で三件の仮差押がなされており、これらの仮差押と競合するから本件転付命令は無効である(なお、被告は、昭和四六年八月二七日、右残額金二四六万五、五九八円を差押競合を理由に大阪法務局に供託して支払の免責を受けた。)。

6 以上のとおりであつて、本件転付命令に基づく原告の主位的請求は理由がないことが明らかである。<以下、事実省略>

理由

第一主位的請求について

一請求原因第一項記載の事実は当事者間に争いがない。

二被告の抗弁につき判断するに、<証拠>によると、被告主張の抗弁第一項ないし第五項(ただし、第五項のうち「これら仮差押と競合するから本件転付命令は無効である。」旨の記載部分を除く)記載の各事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三1  ところで、原告は、被告の相殺の主張に対し、自働債権たる手形貸付債権は訴外会社が倒産の危機に頻した昭和四六年三月一日に発生した債権であり、しかも、本件仮差押命令送達時には未だ弁済期が到来していなかつたものであるから、被告は、本件相殺を原告に対抗できないと反論するが(原告の反論第一項参照)、債権が差し押えられた場合において、第三債務者が債務者に対して反対債権を有していたときは、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、右債権及び被差押債権の弁済期の前後を問わず、両者が相殺適状に達しさえすれば、第三債務者は差押後においても、右反対債権を自働債権として、被差押債権と相殺することができると解するのが相当である(最高裁判所昭和四五年六月二四日大法廷判決、民集二四巻六号五八七頁参照)から、原告の右主張は理由がない。

2  次に、原告は、右最高裁判所大法廷判決によるとしても、本件では、被告は、本件陳述書において、相殺の意思の有無及びその限度について何ら記載しないばかりか、債権認諾額についても虚偽の記載をなしているのであるから、少くともこのような場合には、相殺の主張をなすことが許されないと主張するが(原告の反論第二項参照)、民訴法六〇九条一項による第三債務者の陳述義務は、差押債権者をして、その債権差押によつて執行の実質的目的を達し得るか否かの判断資料を得させるために第三債務者に課せられた訴訟法上の義務であるから、第三債務者がこの義務を怠つたからといつて、右義務違反の態様は多様であるから(単純に考えても故意、過失に二分できるところ、本件で被告が誤つた陳述をしたとの点が過失によるものであることは当事者間に争いがない。)直ちに実体法上の相殺をなすべき権利までも失うとすることは明文による規定がない限り許されないと解するのが相当である(右陳述義務違背の点は、別に民訴法六〇九条二項に基づく損害賠償請求として検討さるべきものである。)。

よつて、被告の相殺が原告に対抗できない旨の原告の主張は、理由がない。

四そうすると、本件転付命令は無効であるといわざるを得ないから、原告の主位的請求は理由がない。

第二予備的請求について

一予備的請求原因第一ないし第三項記載の各事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によると、原告は被告が差押競合を理由に供託した供託金についての配当手続において、原告の訴外会社に対する債権金三九八万一、四六〇円のうち金一一四万七、三〇四円の配当を受けたに留まり、残額金二八三万四、一五六円については債権回収不能となつた事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、予備的請求原因第五項記載の事実のうち、被告が過失によつて、債権の認諾額金一、六七九万七、六五五円という内容の虚偽の陳述書を提出したとの点は、当事者間に争いがない。

二原告は、「陳述書の記載どおり本件定期預金債権等の債権額が金一、六七九万七、六五五円存在したとすれば、訴外会社の総債務額はいくら多い目に見積つても右金額を上回らないことは明らかであるから、原告は自己の債権の全額を回収し得たはずであり、右陳述書を信じたために、訴外会社の有する重機類等の動産及び訴外会社が株式会社奥村組に対して有していた債権につき執行保全の措置をとらなかつたのであるから、回収不能となつた金額全額が虚偽の陳述と因果関係のある損害である。

そして、民訴法六〇九条二項の解釈として、同項には「第三債務者が陳述を怠りたるとき」と規定されているけれども、第三債務者が単なる陳述義務の懈怠にとどまらず、本件のように事実の債権額を大幅に上回る債権額を認諾する(あるいはない債権を認諾する)という虚偽の陳述をした場合についても、同項の適用があると解すべきであつて、しかもこの場合には、通常の損害賠償請求のときとは異り、虚偽の陳述(誤つた認諾)に民法四六八条一項の債権譲渡に対する債務者の異議なき承諾と同様の効果を認め、第三債務者は認諾した債権額の範囲内で債権者に対し全面的な責任を負うとすべきである。即ち本件の場合、認諾どおり金一、六七九万七、六五五円の定期預金等債権が存在していたならば原告は債権の全額を回収し得たはずであるから、原告において、(一)虚偽の陳述がなされたこと、及び(二)虚偽の陳述を信頼して他の債権確保の手段をとらなかつたことを立証すれば足り、債務者にどのような財産があつて、原告がどの程度回収が可能であつたかの点まで主張、立証する必要はない。けだし、そのように解しないと、損害賠償請求者である原告に不可能を強いることとなり、ひいては第三債務者(本件では被告)のどのような虚偽の陳述をも免責させる結果となつて民訴法六〇九条の陳述命令の制度の存在意義が失われる。

これを具体的に本件について言えば、被告は、真実の債権額を大幅に上回る金一、六七九万七、六五五円の債権額を認諾するという虚偽の陳述をなした結果、原告は、これを信頼して他に債権確保の手段をとらなかつたのであるから、被告は、このような善意である原告に対し、後になつて金一、六七九万七、六五五円の債権額が存在しないと主張することは許されないというべきである。」と主張しているので、まずこの点について判断するに、確かに、本件のように債務者が倒産し、あるいは倒産の危機に瀕している場合に、第三債務者が虚偽の陳述をなした時点で、債務者が他に何程の財産を有しており、債権者がそれらに対し、執行保全の措置を講じた場合、何程の回収を得ることができたかの主張・立証をなすことは困難であり、かつ立証し得たとしても、通常、右金額はごく少数になることが予想され、結局、虚偽の陳述書を信頼した債権者は、多くの場合救済を得られないこととなり、虚偽の陳述をなした第三債務者(特に、本件のように銀行等専門的知識を有する者)との均衡上、債権者に酷な結果となり、ひいては民訴法六〇九条の陳述催告命令の制度を設けた意義が乏しくなる(債権者としては陳述書の記載を執行の判断資料として全面的に信頼することができなくなる。)ということはこれを認めざるを得ないところであるから、「虚偽の陳述」の場合にも、民訴法六〇九条二項の「陳述を怠りたるとき」との権衡上、同条項により損害賠償請求権の発生事由となると解するのが相当である。しかしながら、陳述義務違背による損害賠償請求といつても、債権者側の事情について、善意、悪意、過失の有無及びその程度その他種々の態様が考えられ、また第三債務者側についても陳述義務違反の態様については、故意・過失(重過失、軽過失)等これまた種々の態様が考えられるのであつて、双方の利益の調整は極めて困難なところ、原告主張のように、民訴法六〇九条二項の損害賠償について、直ちにあたかも民法四六八条一項所定の異議なき承諾と同様の効果を認めることは、明文の規定が存しない以上解釈の限界を超えるもので許されないというべきであり、同条の損害賠償請求権も通常の不法行為による損害賠償請求権と差異はなく同一の性質を有すると解するのが相当である。

したがつて、民訴法六〇九条二項に基づき債権者が第三債務者に対して損害賠償を請求するためには、陳述書に真実の記載がなされていたならば債権者が債務者の他の財産に対して差押等の債権回収手段を講じて回収し得たであろう金額を主張立証することを要するというべきであるから、これを不要であるとする原告の主張は失当である。

三そこで叙上の見地によつて本件をみるに、原告は、訴外会社は重機類等の動産及び株式会社奥村組に対して債権を有していたと主張し、証人川上一広の供述のうち右主張に副う「訴外会社が、株式会社奥村組に対し、約金二〇〇万円の債権を有する旨右奥村組の会計部長から聞いた。訴外会社が使用していた重機類には訴外会社の名前が記載してありしかも訴外会社の小林勲社長からそれらの償却は済んでいる旨聞いていたので、訴外会社所有と確信した。」旨の供述部分は、同証人も、「右約二〇〇万円については、その後どうなつたかは知らない。訴外会社が使用していた重機類の所有名義については別に調査したわけではない。」と供述している点に鑑み、前記供述のみでは、未だ、訴外会社所有の重機類及び株式会社奥村組に対して債権を有していたと認めがたいところ、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、証人島川芳介の証言によると、右重機類は全て所有権留保がなされていたり担保に入つており、訴外会社が倒産した昭和四六年三月時点で、所有権留保がなされていたものは所有者によつて、また、担保に入つていたものは担保権者によつて、いずれも引き揚げられ、株式会社奥村組に対する金三〇〇万円余の債権も税務署等から差押を受けて、結局、訴外会社の債権者に対する支払に充てることができず、訴外会社の財産としてあつた事務所用のプレハブも倒産後焼失してしまつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右各認定事実によると、原告が、訴外会社の財産に対して回収し得たであろう金額(即ち損害)について立証がなされているとはいえないから、原告の前記主張はその余について判断するまでもなく理由がない。

四なお、原告は、被告は、本件陳述書において、前述した債権認諾額についての虚偽記載の他に、相殺につき何らの記載もしないでおきながら、金五〇六万二、三九三円の相殺をなしているが、この点についても陳述義務違背であるから、民訴法六〇九条二項に基づく損害賠償請求が認められるべきであると主張するのでこの点について判断するに、理由欄第二の三で判示したとおり、債権の差押前から債務者に対して反対債権を有していた第三債務者は、右債権及び被差押債権の弁済期の前後を問わず、両者が相殺適状に達しさえすれば、いつでも右反対債権を自働債権として被差押債権と相殺できると解する以上、その反面として、第三債務者は陳述書において相殺の意思の有無及びその限度額を記載する義務を負い、これを怠れば、民訴法六〇九条二項所定の「第三債務者陳述を怠りたるとき」に該当すると解するのが相当であるから、それにより生じた損害については、民訴法六〇九条二項により損害賠償責任を免れないと解するのが相当である。

しかし、この場合にも、現行法の下では、債権者が右不記載と因果関係のある損害(債務者の他財産からの可能回収額)について主張立証責任を負うものと解せざるを得ず、本件においては、その立証がなされていないことは、理由欄第二の二において述べたとおりである。

五以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴予備的請求もまた理由がない。<以下、省略>

(弓削孟 和田朝治 皆見一夫)

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